主婦の生活あれこれ~

子育ての事、日々の生活の知恵など全般

50代になってロトを始めた私!無理なく楽しむ大人の宝くじ体験談

50代になるまで、私は宝くじをほとんど買ったことがありませんでした。年末になるとジャンボ宝くじの話題を耳にすることはありましたが、「どうせ簡単には当たらないだろう」と思い、売り場の前を通っても素通りすることがほとんどでした。

そんな私がロトを始めたきっかけは、同年代の知人との会話でした。その人が毎週少しだけ購入していると聞き、「そんな楽しみ方もあるのか」と興味を持ったのです。大金を使うのではなく、コーヒーやお菓子を買うような感覚で楽しんでいるという話が印象に残りました。

そこで私も、まずは少ない口数から挑戦してみることにしました。実際に買ってみておもしろかったのが、自分で数字を選べることです。最初は誕生日や結婚記念日など、自分に関係する数字を中心に選びました。

購入してから抽選までの間は、思っていた以上にワクワクしました。「もし大きな金額が当たったら、家のリフォームをしよう」「妻と温泉旅行に行くのもいいな」などと考えていると、それだけで少し楽しい気分になります。

何度か購入するようになると、ロト当選数字を確認することも毎週のちょっとした習慣になりました。スマートフォンで結果を表示し、自分の券と一つずつ見比べていきます。数字が一つ一致し、さらにもう一つ一致すると、「今日はひょっとして」と期待してしまいます。

もちろん、現実にはそれほど簡単に高額当選できません。これまでに購入した中でも、期待したような大きな当選はありませんでした。それでも以前の私が想像していたほど、ハズレたときにがっかりすることはありません。

その理由は、当選だけを目的にしなくなったからだと思います。50代になると、仕事や生活もある程度決まったパターンになり、若い頃のように毎日の生活でワクワクする機会が少なくなってきました。そんな中、ロトの抽選日は小さいながらも楽しみなイベントになっています。

趣味の本が部屋を埋め尽くし、整理を始めた理由

本を読むことが好きで、気になる作品を見つけるとつい購入してしまいます。最初は本棚に収まる程度でしたが、年月が経つにつれて冊数が増え、気がつけば部屋の床にも本を積むようになっていました。

新しい本を買うたびに、空いている場所へ置く習慣がついていたのです。読み終わった本も処分せず、そのまま積み重ねていました。いつか読み返すつもりでしたが、実際には何年も手に取っていない本がほとんどでした。

ある休日、掃除機をかけようとして、床に積まれた本が邪魔になりました。何冊か移動させればよいと思っていたのですが、別の場所にも本が積まれており、掃除をするために荷物を動かす必要がありました。

そこで、本棚の中身を一度すべて確認することにしました。好きな作家の作品や思い出のある本は残したい一方、内容を忘れている本や、今後読む予定がない本もあります。

整理を進める中で、同じ作品を複数冊持っていることにも気づきました。購入したことを忘れて、電子書籍で買い直していた作品もあり、自分でも少し驚きました。

本は一冊ずつ見るとそれほど重く感じませんが、数が増えると搬出するだけでも大変です。処分方法や運び出し方を考えながら、専門業者へ相談する選択肢も検討しました。

高知市でゴミ屋敷片付けならハートスタッフへという情報を参考に、大量の本や収納家具の整理について相談できるか調べました。作業を依頼する場合は、残したい本を事前に分け、処分する物の量を伝えておくと話が進めやすいと思います。

本の整理では、思い入れの強い物を無理に手放さないことも大切です。私は残したい本を別の棚へ移し、迷う物はすぐに処分せず、しばらく保留することにしました。

床に積んでいた本が減ると、掃除機をかけるのが楽になりました。机の周りにも余裕ができ、以前より落ち着いて読書を楽しめるようになったのです。

本を集めること自体は楽しいのですが、保管場所を考えずに増やすと、生活空間を圧迫することがあります。これからは購入前に収納場所を確認し、読み終わった本の扱いも考えるようにしたいと思います。

好きな物を大切にしながら、暮らしやすさも守る。そのバランスを考えるきっかけになりました。

一人暮らしだった叔父の部屋

高松市内のアパートで一人暮らしをしていた叔父が亡くなり、身寄りが少なかったこともあって、甥である私が整理を任されることになりました。正直なところ叔父とはそれほど頻繁に会っていたわけではなく、部屋に足を踏み入れた時は他人の家に入り込んだような、なんとも言えない不思議な感覚に包まれました。

趣味だった釣り道具や、几帳面に整理された書類の数々を目にして、私の知らない叔父の一面をたくさん発見しました。棚には昔の写真も丁寧にアルバムとしてまとめられており、思わず手を止めて見入ってしまう瞬間もありました。しかし賃貸物件のため退去期限が迫っており、悠長に一つずつ確認している余裕はなかったのです。

焦る気持ちを抱えながら地元の業者に連絡したところ、こちらの状況を汲み取り、スケジュールを柔軟に調整してくれました。作業を進める中で、叔父が大切にしていたであろう手紙や写真は別に取り分けてもらい、それ以外は手際よく運び出してもらえたことで、期限内に無事退去することができました。その際に、高松市で遺品整理の事ならリアライフ香川へと紹介され、市内での対応の豊富さに納得したのを覚えています。血縁は薄くとも、最後に叔父のために何かできたことは、私自身の心の支えにもなりました。

畳の香りとともに始まった、小さな教室の十年

十年前、自宅の一室を改装してヨガ教室を始めたときは、生徒さんが三人しか集まらない日もありました。近所の主婦の方が「体が硬くても大丈夫ですか」と恐る恐る覗きに来てくれたのを、今でもよく覚えています。畳の上にヨガマットを敷いただけの簡素な空間でしたが、あの頃の緊張感は経営者として忘れられない原点だと感じています。設備も知識も足りない中で、とにかく続けることだけを考えていました。

最初の数年は、口コミだけが頼りでした。生徒さん同士が友人を誘い合ってくださり、少しずつ人数が増えていきましたが、それに伴って予約の管理が追いつかなくなっていったのです。手書きのノートに書き込む方式では、ダブルブッキングが起きたり、キャンセル連絡が伝わらなかったりと、トラブルが絶えませんでした。ある朝、同じ時間に二人の生徒さんがいらして、気まずい思いをさせてしまったこともあります。そこで思い切って、スクール 予約システムを導入することにしました。最初は操作を覚えるのに苦労しましたが、慣れてくると空き状況が一目でわかり、生徒さんもスマートフォンから気軽に予約できるようになったので、双方にとって負担が減ったように思います。おかげで無用なすれ違いも減り、教室運営に集中できる時間が増えました。

今では教室も二部屋に増え、講師も三人になりました。それでも変わらないのは、初めて教室に来てくださった方の緊張した表情を見ると、あの日のことを思い出すということです。技術や仕組みは進化しても、一人ひとりと向き合う気持ちだけは変えずにいたいと、日々感じております。

まさか自分が踊る側になるとは

半年前、大学時代の友人から「頼みがある」と連絡が来ました。彼女の結婚式で、新郎から新婦へのサプライズとしてフラッシュモブをやりたいので手伝ってほしいというのです。人前で踊るなんて経験もセンスもない私は最初断ろうと思ったのですが、「振り付けは簡単だから」という言葉に押し切られ、気づけば参加者の一員になっていました。

集められたのは新郎新婦それぞれの友人や親族、総勢二十人ほど。練習はオンラインでの動画共有と、月に一度の対面レッスンという形で進められました。仕事の合間に振り付け動画を繰り返し見ながら覚える日々は正直大変でしたが、同じく不慣れな仲間たちと「ここの動き、逆じゃない?」などと言い合ううちに、いつしか本番が待ち遠しくなっている自分に気づきました。

選ばれた曲は新郎新婦の思い出の一曲でしたが、企画を進める中で新郎が参考にしていたのは、いわゆるフラッシュモブで人気の曲を集めたリストだったそうです。テンポが良く盛り上がりやすい曲が多く、練習していても自然と体が動くような選曲だったのを覚えています。

そして迎えた披露宴当日。乾杯の後、司会者のアナウンスをきっかけに私たちは一斉に立ち上がりました。新婦は最初「え、何?」という顔をしていましたが、曲が流れ始めると同時に状況を理解したようで、口元を押さえながら涙をこらえていました。その表情を見た瞬間、練習の苦労なんて一気に吹き飛んでしまいました。

踊り終えた後、新婦から抱きしめられながら「一生忘れない」と言われたことは、私自身にとっても忘れられない思い出になりました。

開業して分かった、本当のはじまり

開業を決めたのは、勤務医として十年ほど働いた後のことでした。当時は正直、経営のことなど何も分かっていませんでした。医療の知識と、患者さんと向き合う経験さえあれば何とかなるだろうと、今思えば甘く考えていたと思います。

物件探しから内装の打ち合わせ、医療機器の選定まで、想像していた何倍も時間と労力がかかりました。特に苦労したのは、スタッフとの関係づくりです。看護師さんや受付スタッフとどう信頼関係を築くか、開業して初めて実感したことでした。診療方針を共有し、日々の小さなすれ違いを一つずつ解消していく作業は、患者さんを診ること以上に神経を使う場面もありました。

開院してからしばらくは、患者さんが思うように増えず、不安な夜を何度も過ごしました。近所への挨拶回りや地域の勉強会への参加など、地道な活動を続けるうちに、少しずつ「あの先生に診てもらいたい」と言ってくださる方が増えていったのを覚えています。

業務が軌道に乗り始めた頃、電話対応に追われる受付の負担を減らすために、クリニック 予約システムを導入しました。これによって待ち時間の管理がしやすくなり、スタッフにも余裕が生まれたように感じます。小さな仕組みの見直しが、結果として診療の質にもつながるのだと実感した出来事でした。

開業は決してゴールではなく、むしろ本当のスタートだったのだと、今になって強く感じています。日々の積み重ねの中で、地域の方々に支えられながら成長していく実感こそが、この仕事を続ける原動力になっています。

副業の集中力が続かなかった原因は、4年使い続けた椅子にあった

副業でライターの仕事を始めたのが2年前です。本業が終わってから夜に2〜3時間、休日は4〜5時間、週に20時間近くデスクに向かうようになりました。本業と合わせると、1日10時間以上座っている日も珍しくありません。最初の半年は気力でなんとかなっていたのですが、だんだん夜の作業中に眠くなるのではなく、背中が重くて集中できなくなるという状態が続くようになりました。

眠気と疲労感は別物だと気づいたのは、仮眠を取っても背中の重さが消えなかったからです。頭は動いているのに体だけが言うことを聞かない感じ。ライターの仕事はアイデアと文章力が全てなので、集中力が落ちると仕事の質に直結します。締め切りが迫っているのに言葉が出てこない夜が続いて、このままではまずいと本気で思い始めました。副業を続けるかどうか迷うくらい、精神的にも追い詰められていた時期でした。

ある夜、ふと自分が何時間も座っている椅子を改めて見てみました。4年前に引越しのときに買った安価なチェアで、当時は副業をするつもりもなかったので深く考えずに選んだものです。座面を押してみるとほとんど沈まないほどへたっていて、背もたれの角度も固定されたまま。調整できる部分がほとんどない椅子を、毎日何時間も使い続けていたのだと改めて気づきました。背中が重くなるのも当然だと思いました。椅子のことを一度も疑わなかった自分が、今となっては少し不思議な気がします。

環境を変えようと思い、実際にショールームを訪ねていくつかのオフィスチェアに試座しました。座り比べてみると、背中への当たり方やアームレストの有無で疲れ方がまるで違うことがよくわかりました。長時間の作業を想定して設計されたオフィスチェアは、体の各部位をきちんと支える構造になっていて、座っているだけで無駄な力が自然に抜ける感覚があります。最終的には、背もたれの角度とランバーサポートの位置が独立して調整できるタイプのオフィスチェアにしました。副業の作業は夜が中心なので、疲れた状態で長時間座ることを考えると、腰のサポートが充実しているかどうかは特に重視しました。価格は今まで使っていたものよりかなり上がりましたが、仕事道具への投資だと考えて決めました。

新しい椅子を使い始めて最初に感じたのは、夜の作業後に背中が重くならなくなったことです。以前は書き終えた後にぐったりしていたのが、今は「仕事が終わった」という感覚で終われるようになりました。文章の質も以前より安定している気がします。副業を辞めようとまで思っていた自分が、今は楽しんで書けています。

副業をしている方には、作業環境への投資を軽視しないでほしいと伝えたいです。本業と副業を合わせて長時間座り続けるなら、椅子の質は仕事の質に直結します。疲れてから対処するより、最初から体を守る環境を作るほうが、結果としてずっと効率がいいと実感しています。